第112章 幸せでいて
『なんですか、その顔は。どこからどう見ても、立派な一般女性でしょう』
「……まぁ、それはさて置き」
「おい、さて置くなよ。こいつの可愛さは、全く一般的じゃないだろ」
さて置かせてくれない息子を、社長はギロリと睨み付けた。そして溜息をひとつ吐いた後、私の方へ顔を戻す。
「お前は、その “策” とやらの為にこいつと結婚するのか。TRIGGERの今後の為に、自分の人生とこいつの人生を使うのか?」
凄みを効かせたその表情は、見慣れた社長のそれではない。彼が私に時折見せる、楽の父親としての表情であった。
確か八乙女宗助のこの顔を以前見たのは、彼の自家用車の中だ。私の仕事ぶりを労って、ご褒美にゴルフや食事に連れ出してくれた帰りのこと。
【73章 1736ページ】
『以前、社長が私にこんな質問を投げかけたことを覚えておいでですか?
お前は、楽のことを愛しているか?と』
「……」
『私がその質問に返した答えも、記憶していらっしゃいますか』
「……」
彼は何も答えなかった。しかしその顔は、覚えていると物語っている。
『今さら答えを変えるなんて、卑怯でしょうか。許してもらえないでしょうか。でも、ごめんなさい。
今の私は、楽を愛しているんです』
社長は、極々僅かに口の端を上げた。
「それならそうと、その理由を初めに口にするべきだろう。結婚の理由に仕事を使うなど、お前は本当に狡猾で卑劣だな」
『ふふ。そういうところを買ったから、貴方は私を引き抜いたのでしょう。そして、そのおかげで私はTRIGGERに逢えた。楽と惹き合った。
誰に捧げるよりも格別の感謝を、貴方に。パパ』
「パパと呼ぶな」