第112章 幸せでいて
そういうことか、と社長だけが呟いた。楽は、そんな彼の前で首を傾げる。
「平和な頭をしたお前には理解出来んかもしれんが、群衆の心理とはそんなものだ」
「平和な頭した俺にも分かるように説明しろよ」
『大好きなアイドルが、誰もが羨む絶世の美女と結婚する。今まで応援していた大切なアイドルが、ピッチピチで大人気のモデルと結婚する。
そんな報道がされれば、ファンはこう思うのでは?
あぁ、結局は八乙女楽も若くて綺麗で人気のある人を選ぶんだ。なんだか今まで応援してきたのにショックだな。これからは応援するのやめようかな。
ですがあら不思議。記事の見出しが、これならどうです?
“八乙女楽、一般女性と入籍”
どうですか?どことなく爽やかでしょう?』
「そうか?」
楽は、相変わらず納得していない様子だ。
彼のような心の綺麗な人間ならば、今まで応援していた人がどのような相手を選ぼうとも、これまで通り応援し続けることも厭わないかもしれない。しかし。世の人々は楽が思うよりもほんの少しだけ、妬みや嫉みを腹に抱えているのだ。
女優、モデル、一般女性。この三者のうち、どれを選べば楽の好感度は下がらないか。それは火を見るより明らかなのである。
と、私は2人の視線がこちらに向けられていることに気付く。彼らは同様に顔を傾け、こう呟く。
「一般、女性…か」
「一般女性…とは?」
元アイドルであり、先日生放送で記者会見を開き、そしてどう見ても女に見えない私。そんな私を見つめながら、楽と社長は必死に自分を言い聞かせているようであった。