第112章 幸せでいて
龍之介は、前に進もうとしている。私と過ごした日々を、思い出に変えようと毎日足掻いている。
そんな、無垢でひたむきに努力をする人間を前にして、どんな顔をして言えようか。
誰も傷付けたくないから、ずっと一人でいた方が良い。
いつか失って悲しい目に遭うくらいなら、最初から大切な物なんて作らない方が良い。
なんて、そんな後ろ向きなこと。
「今だから言うけど、俺には大神さんの気持ちがとても分かるよ。
エリの幸せだけを願って、そっと身を引いた彼の気持ちが」
どうして、私の付き合った男達はこうも優しいのだろう。
自分の幸せよりも相手の幸せを願える人間なんて、そうそういるはずもないのに。
『…ほんとに、男を見る目だけはあり過ぎて、自分でも嫌になるよ』
「エリにそんなふうに言ってもらえたら嬉しいな。この先もずっとそう思ってもらえるように、俺はもっともっと良い男にならないと!」
『これ以上?』
「あはは。うん!まだまだ!」
『そっか』
頷きながら、すっと手を差し出した。彼は、にっこりと笑って私のその手を取る。
『頑張って。応援してるね』
「ありがとう。エリも、頑張ってね」
『うん』
「はは!なんか握手してこんなこと言ってたら、お別れするみたいだ」
『しないけどね、全然。私はこれからもずっと、TRIGGERの傍にいるし』
「そうだよな、良かった。じゃあ、これからもよろしく!春人くん」
『はい。こちらこそ、これからもよろしくお願いします』
そう。私はこれからも、TRIGGERの隣にいる。
でもそれは、春人としてだ。
私はこれからも、龍之介の隣にいよう。
でも、それでも。さようなら、龍。