第112章 幸せでいて
本日が初出しの衣装に身を包んだTRIGGERがステージに上がった途端、観客のボルテージはさらに上がる。耳が割れんばかりの歓声に、彼らは両手を大きく振って応えた。
「キャーーーっ!TRIGGERーー!」
「TRIGGERに逢う為だけに来たよーー!」
「カッコいいーー!TRIGGER大好きーー!」
流石に客席がステージの目の前だけあって、普段のライブよりもファンの声がよく通る。3人もそれが嬉しいのだろう。曲がスタートするまでの時間を使って、出来る限りの言葉を返していた。
もう後少しで伴奏がスタートする。そんなタイミングで、1人の女性が質問を投げ掛けた。
「キャーーー!楽様っ!好きな人いるー!?」
もしも私が、楽の手持ちマイクのオンオフを操作出来るリモコンを持っていたら。この瞬間に、迷わず電源を切ったのに。
《 ははっ。いるよ、当たり前だろ!》
天と龍之介が目を見開き、楽を見て固まる。思わず両耳を塞ぎたくなるほどの黄色い声が、会場中を包んだ。
私は手に持っていた水の入ったペットボトルを落とす。水はドボドボと音を立てながら、土がむき出しの地面に吸収されていった。
楽は、無邪気に笑っていた。
怖くて、客席を確認することが私にはどうしても出来なかった。さきほど上がった声は決して否定的ではなかったものの、観客の全員が全員 平気なはずがない。きっと中には、楽に裏切られた気持ちになったファンもいるはずだ。
TRIGGERが歌う1曲目は、彼らのデビュー曲。彼らの歌声を聴きたくないと思ったのは、初めてのことだった。