第110章 どんな時もそばで
運転席の窓が開き、顔を覗かせそう告げたのは虎於であった。私が何かを答える前に、楽が間に立ち塞がる。
「タクシーを呼んだ覚えはない」
「こんなにイカしたタクシーがある訳ないだろ?金さえ払えば誰でも乗せるタクシーと違って、俺の愛車の助手席はイイ女限定だ」
「あはは!虎於くん。残念だけど、うちの子を獣と同じ車には乗せられないかな!」
「龍之介、あんた少し見ないうちに随分と切れのある毒を吐くようになったな…」
「エリ。どうする?乗るの?」
本人を放ったらかしにして話が進む中、天がようやくこちらに話を振ってくれた。
『乗る乗らないというより、乗れない かな。今の私と2人でいるところを写真に撮られでもしたら、虎於にまで迷惑掛けてしまうから』
「あんたになら何を掛けられても喜んで浴びてやるよ」
『…なんか、言い方がちょっと卑猥だね』
「やっぱり獣じゃないか」
「龍の言う通りだ」
「獣」
3人の冷たい視線を一身に浴びた虎於は、懸命に笑顔を保ち余裕を見せようと必死だった。
「い、言いたいことは色々あるが、もういい。
今日の俺は、ŹOOĻの虎於じゃなくて 御堂グループの虎於だ。そしてあんたは、当ホテルをご利用してくださるお客様。大切なVIPを送り迎えしているところを見られたって、何も困りはしない。そうだろ?」
『…お客様って言っても、私は一銭も払ってないけどね』
「周りからはそう見えてるって話だ。それに、あんたは馬に跨るより馬車で優雅に座ってる方が似合ってる」
『ふふ、そうまで言われたらもう乗るしかないよね』
助手席に座る私を、不服そうな目で見つめる3人。そんな彼らに、笑顔で告げる。
『心配しないで。御者さんは運転で忙しくて、獣にはなれないよ』
「どれだけ信用がないんだ俺は。さすがにこの大切な日に、襲い掛かるわけがないだろう。まぁ、今日以外だったら…分からなかったが?」
挑発的な虎於の言葉を受けた楽が反応するのと同時に、彼は含み笑いでアクセルを踏んだ。