第109章 ……………あ
エリの姿で来たのがまずかったのだろうか。しかし、私が春人であると今ではIDOLiSH7メンバー全員が知っているはず。まさか、彼は異様に女性が苦手とかそういう事情があるのだろうか。
様々な考えを巡らせた末、あっ と唐突に答えに行き着いた。
そうだ。確か彼は、Lioのファンであったはず。まさかとは思うが、大好きなアイドルが目の前に現れてそのせいで緊張している。なんてことは…
「あぁああっ!!」
『うわぁっ!びっくりした!な、何どうかした?』
台所で飲み物を用意していた彼が急に叫んだものだから、ゴキブリでも出たのかと思ってしまった。しかし、どうやらそういった理由ではないらしい。
「た、たしか中崎さんは、こ、珈琲より紅茶がお好みでしたよね?」
『え?あぁまぁ、どちかと言えば』
「すみません!!!あぁっ!僕はなんてミスを犯してしまったんだ!あろうことか、中崎さんに珈琲を!紅茶ではなく珈琲を淹れてしまうなんて!!どう責任を取れば…っ!こうなったら、この熱々淹れたての珈琲を僕が頭から被りますのでどうかそれで許してもらえま」
『珈琲大好き!うん!珈琲だよ!時代は珈琲!!』
そこまで言って、ようやく壮五は落ち着きを取り戻してくれた。ほっと息を吐いたのも束の間、後ろからガチャガチャガチガチと、何やらガラス同士が小さくぶつかる音が聞こえてくる。
そっと振り向くと、壮五がトレーを使い私の珈琲を運んでいた。しかし両手がブルブルと小刻みに震えている為、カップとソーサーとティースプーンがガチャガチャ音を奏でている。
「ど、どうぞ、そ、粗茶ですが…!」
『い、いただきます』
目の前に置かれたカップの中には、半分も珈琲は入っていなかった。