第108章 待ってられるかそんなもん
デザートは、フルーツゼリー。見舞いの品だと、知り合いのディレクターが持って来てくれた物だ。入院してからというもの、本当に沢山の人が見舞いに駆け付けてくれた。快気祝いを用意するのが大変だとボヤく私に、その割には嬉しそうだなと楽は言った。
『そういえば、仕事の方は順調?引き金をひいたのはの千秋楽、私も観たかったなぁ。SNSで、口コミとかはチェックしてたんだけどね。好評で良かった!あと姉鷺さんもたまに報告してくれてたん』
「エリ」
『うん?』
「仕事の話は、無しにしてもらってもいいか」
楽は、手にしていたゼリーとスプーンをテーブルの上に置く。そして、確かな光を湛えた瞳をこちらに向けた。
「俺は、TRIGGERの八乙女楽としてここに来たわけじゃない。今日の俺は、あんたのことを愛してるってだけの、ただの男だ」
『…そう。楽は私と、これからの話をしに来たんだね』
迷いなく頷く楽。
分かっていた。いつかは、この瞬間が訪れること。エリとLioと、春人と楽。ややこしく絡んだ糸を、解かなければいけないこと。
「あんたのことを愛してる。俺が、お前を世界で一番幸せな女にするから。だから、俺を選んでくれ。エリ」
『ごめんね。楽の気持ちは嬉しいけど、でも恋人になるかどうかって聞かれたら、私は楽を選べない』
「…もしあんたの心の端っこに、まだ龍が居ても俺はそれも丸ごと引き受ける。だから…!」
『ううん。違う。そういうことじゃ、ない。
私が選ぶのは、私のことを世界で一番愛している八乙女楽じゃない。世界中から愛される、TRIGGERの八乙女楽なんだ』
楽の瞳の中の強い光が、ほんの刹那の間だけ揺らぐ。しかし、すぐにまた確固たる意志を宿した。