第108章 待ってられるかそんなもん
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翌日。俺は昨日と同じ時間、またタクシーの中にいた。それにしても、昨日は散々だった。
レインボーアリーナへと戻った俺に姉鷺は、語彙力の限りを尽くして叱咤した。しかし、また今日も同じ時間に抜け出したのだった。もしかすると、今日こそは殺されるかもしれない。
天と龍之介は、エリの様子や、どんな話をしたのか訊いてきた。しかし、すぐにRe:valeの2人に追い出されたと話すと、複雑そうな顔を浮かべたのだった。
2人も知っていたのだ。Re:valeもまた、エリのことが好きだということ。
それに昨日はテンパってしまって何も思わなかったが、百も千も、とうの前から春人がエリであると知っていたふうだった。
天と龍之介どころかRe:valeよりも気付くのが遅かったのかと、俺は嘲笑を殺せなかった。
いや、あんなにも男になりきれる彼女が凄いのだ。決して俺が鈍いとか、間抜けだとか、そんなことはないはずだ!
にしても、一体エリはどうやってあそこまで完璧に男装していたのだろう。物理的に無理な部分があるだろう。例えばそう、躰付きとか。もっと平たく言えば、胸とか。
「あ…」
“胸” というワードに、待てよ。と、頭の中に遠い記憶が蘇る。
あれは、いつだったか。たしかロケで京都の旅館に行ったときだ。
もっと格好良くなりたいと、エリは言った。
【55章 1306ページ】
その時に俺は、あいつに何をした?
そうだ。なんと俺は、エリの胸を触って、もっと筋肉を付けろとか言ったのだ。
「〜〜〜っっ…!」
苦すぎる思い出を前に、俺は頭を抱えた。
惚れた女に、男らしくなる為のアドバイスを贈ったどころか、雑に胸を触るなど。そいつは、どこの世界のどんな男だ。