第108章 待ってられるかそんなもん
————
“ 後のことは俺達に任せて、行ってあげて ”
“ その代わり、午後の公演に遅刻したら許さないから ”
まさか、2人の方からあんな申し出をしてくれるとは思わなかった。その想いを無駄には出来ないと、俺はタクシーに飛び乗った。
運転手に行き先を告げてから、ほっと一息吐く。
今まではどれほど会いたいと願っても、叶わないどころか何処にいるのかすらも定かでなかった。でも、これからは違う。
会いたいと思ったら、走って会いに行ける。
声を聴きたければ、電話をかけられる。
それがどれほど幸せなことなのか、俺は世界中の誰よりも分かってるつもりだ。
「それにしても、まさか春人としてずっと側にいたなんて思いもしな……」
待てよ。と、俺の頭の中に遠い記憶が蘇る。
あれは、いつだったか。春人がいつも以上に作曲に没頭したことがあった。
【32章 707ページ】
その時に俺は、集中するあいつに何をした?
そうだ。なんと俺は、鼻から蕎麦を食わせようとしたのだ。
「〜〜〜っっ…!」
苦すぎる思い出を前に、俺は頭を抱えた。
惚れた女にそんな一発芸を強要するのは、どこの世界のどんな男だ。