第106章 ねぇよ
口の中がところどころ切れて、血の味がいっぱいに広がる。それを唾と一緒に地面に吐いた。
「っ、やめろ、血吐いてんじゃねぇか!それ以上やったら春人が死んじまう!」
『馬鹿ですね、漫画じゃないんだから、そう簡単に吐血なんかしま、せんって…』
止まない私への暴力に見兼ねた楽が、ついに私が最も言って欲しくなかった言葉を口にする。
「俺なら、どうなってもいい。だからもう、春人に手を出すのはやめてくれ!なぁ、頼むよ…」
「なんだぁ?お前ら、アイドルとマネージャーじゃねぇのか?はは、もしかしてデキてるとか?きっしょいなぁ。ホモかよ!」
楽に近付いた男は彼を罵倒しただけなく、ついに拳を振るった。しかも、よりによって顔を狙って。
それを見留めた瞬間、身体中の血液が沸騰した。同時に、私の目の前に立っていた男目掛けて脚を振り抜いていた。顎にクリーンヒットな攻撃を受けた男は、1メートルほど後ろに吹っ飛ぶ。
「っ、おいおいおいマジかよ!」
「やべぇ…こいつ、気失ってる」
雑魚がわらわらと、白目を剥き仰向けに倒れる男に群がった。そんな男達に、私は冷たく言い放つ。
『楽に手を出した、そいつが悪いんでしょう』
「こいつは出してなかったじゃねえか!」
「何だ!?この男めちゃくちゃだ!」
徒党を組んでいるなら、連帯責任だ。あと、私の脚を縛らなかった自分達の浅はかさをせいぜい嘆けばいい。
と、その時。私の隣から、ヒヤリとした冷たい殺気を感じる。ほぼ反射で楽の方を確認すると、想定の中でも最も悪い光景が広がっていた。
主犯格の男が、楽の頬にナイフを当てがっていたのだ。楽は刃から逃れようと顔を傾けているが、男は切れない程度にそれを輪郭に沿って滑らせる。
「こいつはアンタを守る為だったら、自分はどうなってもいいんだってよぉ?泣かせるじゃねぇか。
で?お前の方は、どうなんだよ」