第106章 ねぇよ
「…ぃ!……ぉい!春人!おい起きろ!」
『っ、…ぅ、ゲホ!!ごっほ!!』
まず感じたのは、強烈な喉の痛み。その次に、ようやく楽の声を拾うことが出来た。それから、自分が支柱に縛り付けられて身動きが取れないことに気付く。
『……ガ、く』
声が思うように出ない。目を開けるも、視界が霞む。状況の把握が追い付かない。頭がパニックを起こしかけた。
さらに、後ろ手を手錠で縛られているのだろう。だが、手が使えなくても分かる。どうやら額が盛大に切れているらしい。生暖かい感触がべっとりと顔に張り付いていた。
「春人!大丈夫か!」
私は自分を落ち着かせる為、鼻から息を大きく吸う。そして、ゆっくりと口から出した。
時間をかけて瞼を持ち上げれば、さきほどより少しだけ周りの景色が見えた。まずは、隣にいる楽に視線を向ける。彼もまた、私と同じように赤錆色の鉄柱に縛り付けられていた。
『…平気 です』
「いや、お前!頭から血が」
『楽は、怪我、ありませんか…』
「っ、…ねぇよ」
楽は泣きそうな表情をして、地面に顔を向けた。
そしてようやく、私は顔を前に向ける。そこには、見知らぬ男達が数人立っていた。その中には、さきほど私とチェイスを繰り広げた者も含まれている。
やがて、リーダーらしき男が私達の元へ歩み寄って来た。
「意外と気が付くの早かったなぁ。だいぶ、頭揺さぶられてたみたいだったのによ」
私は眉を顰め、男の言葉を理解しようと試みる。そしてふと、私が入って来た倉庫の入り口へ目を向けた。よく目をこらすと、一本のピアノ線がきらりと光ったのが見えた。それは、ちょうど私の首辺りの高さで張られている。
なるほど、私はあれに突進をしたわけだ。その反動で頭が大きく振られ脳震盪を起こし、気を失ったということらしい。そして倒れ込んだ拍子に、コンクリに頭を打ち付けたという寸法だろう。
春人の身長で良かった。もし、私の本来の身長であれにぶつかっていれば、失明していたかもしれない。
私は再び、目の前のイカれた連中に視線を戻した。どうやら残念ながら、こちらが予想していたよりも厄介な相手のようだ。