第106章 ねぇよ
やって来たのは、レインボーアリーナから車で30分ほどの場所だった。閑静な住宅地から少し離れた、ここは倉庫だろうか。敷地内には草がぼうぼうと生えており、ブロック塀には下品な落書きが目立つ。まだ確認出来ないがこの外観から想像するに、中も相当荒れていることだろう。
楽の携帯は確かに、この倉庫の中にあるとGPSが示している。私は逸る気持ちを抑え、姉鷺に連絡を取ろうとスマホを取り出した。
「おい、お前…んなとこで、こそこそと何やってんだよ」
突如として聞こえた低い声に、私は慌ててスマホをポケットにしまう。どうやら男は、倉庫の中から出て来たらしい。
『突然すみません。実は、人を探しておりまして』
私は言いながら、相手の男をよく観察する。体格は並。何か格闘技をやっている身体付きではない。なにより、さっきからお粗末なほど隙だらけだ。到底負ける気がしない。
「人…、人?あー。もしかしてあんたが探してんの、八乙女楽か?」
『!!』
私がはっとしたのと同時に、目の前の男は駆け出した。待てと言う時間も勿体無くて、すぐ様その背中を追う。
男はにやにや顔を時折こちらに向け、倉庫の中を目指して走った。私が付いて来ているかどうか確認しているようだ。中に仲間がいるのかもしれないが、このレベルの男が何人揃っていようと問題ない。
いよいよ倉庫の中に足を踏み入れようとした、その刹那。入り口に差し掛かったところで、男は不自然に身を屈めた。まるで、店先に掛けられた暖簾(のれん)を潜るように。
何だ?と、違和感を持ったものの、私は勢いそのままに中へと踏み込む。
そこで、私の意識はぷつりと途絶えた。