第106章 ねぇよ
『楽…私は、どれくらいの時間、気絶していましたか』
「あ、あぁ…30分くらいだと思う」
姉鷺が警察を呼ぶまで、あと1時間。つまり、それまでどうにか時間を稼げばここに警察が駆け付ける。
「時間稼ぎとか考えない方がいいなぁ。意味ねぇから」
『……』
「お前の帰りが遅いからって、心配して警察呼ぶお仲間はもう居ないって言ってんだよ」
男は、ご丁寧にも説明をくれる。その説明によると、私が気絶している間にスマホを勝手に操作したとのことだ。指紋認証ではなく、暗証番号でロックをかけておけば良かったと後悔しても後の祭り。
それから男は私を装い、警察はもう呼ばなくても良いとメッセージを送ったらしい。
『…はは。意外と、頭が切れるんですね』
「笑ってんなよクソが」
笑いたくもなるだろう。私は、なんて愚かなのだ。余裕ぶっていても、これ以上ないくらいに冷静さを欠いていた。好きな人が突如として失踪したという事実が、私の判断力の全てを狂わせた。
どうしてあの時。あんな決断しか出来なかったのだろう。
躊躇せず、すぐに警察を呼ぶべきだった。無策で倉庫内に飛び込むべきではなかった。勝手に相手の実力を図り、成果を急ぐべきではなかったのだ。
あぁ、やはり、恋なんてするもんじゃないな。
『ごめんなさい、楽』
「やめろ、謝るな。言っておくが、絶対にお前のせいじゃない」
楽はそう言ってくれるけれど、私に募る自責の念は拭われることはない。
浅はかで愚かな私は、何がどうあってもこの責任を取らせてもらう。