第106章 ねぇよ
言っている間に、楽の位置が確定する。
『あぁほら、多分ここに居』
「アンタねぇ!!そんな大切なことはもっと早く言いなさいよ!!」
『い、いやほら!何事にも保険って必要でしょう!?この場所に楽が絶対にいるとは限りませんし…!だから、ここに楽が来られなかった場合のことも考えて、ちょっ 姉鷺さん!体、揺らすのやめて!カツラが飛んでく!』
姉鷺は、私の両肩を持って体をゆさゆさと揺さぶった。
「…じゃあほら、早く彼をここに連れて来てくれるかな」
『はい』
鷹匡は、げっそりとして疲れ果てていた。おそらくは、楽の代わりに私がステージに立つ場合の算段を頭の中で立てていたのだろう。
私が身分を晒しても、TRIGGERの役に立つ気概だったのは本当だ。だが、楽の代わりをやり切るビジョンだけはどうしたって湧かなかった。私では、役者不足も甚だしい。あの役は絶対に、楽にしかやれない。
『さきほども言いましたが、この場所に楽がいるとは限りません。もし誰かに連れ去られていて、途中で携帯を捨てられていたらアウトです』
「け、警察…!警察に連絡はした方が良いわよね」
『それは少し待ってください。出来れば、まだ大事にしない方が良いでしょう。舞台の幕が上がるまで、あと3時間強…。
そうですね…。私がここを出て、2時間経っても戻らないときは通報してください。こちらからも、逐一連絡を入れますから』
もし何事もない場合、2時間もあれば楽を連れてここに戻って来れるだろう。
「プロデューサー。楽を、必ずここに引き摺ってきて」
『出来れば引き摺らない方向で連れて来ますね』
「春人くん。何も出来なくて、ごめん。頼むから、無理だけはしないで」
『無理をして楽を連れて戻れるなら、ごめんなさい。私はきっと無理をします』
龍之介は、諦めたように苦笑いを浮かべる。そして、そうだった。君はそういう人だったよねと零した。