第106章 ねぇよ
『もしも楽が間に合わない場合は、代役を立てます』
「…なんだって?」
『この中に、いるでしょう。3人の稽古を見守り、台詞も完璧に覚えている人間が』
「……ふふ、馬鹿げてる」
「ま、まさか!その人間って、私ですか!?」
ずっと黙っていた脚本家が、突如として震えて言った。
『い、いや、すみません。貴方では、ないです』
「だよね。良かった!」
私はひとつ咳払いをして、再び場の空気を引き締める。
『私が、楽の代わりにステージに立ちます』
「っ、春人くん!?」
「本気で、言ってるの?」
「はははは!!あぁ、すまないね。君があまりに的外れなことを言い出すものだから、つい我慢出来なくて。
何のキャリアも、知名度もないただの雇われの君が……君、が」
私は、高笑いをした男の顔をぐっと覗き込む。苦手意識も、この時ばかりは消え去っていた。
『本当に、私のことが分かりませんか。九条さん』
「き…み、君は…。どうして、ここに」
『お久しぶりです。かつて貴方に捨てられた、中崎エリ。いえ…Lioです』
「あぁ、その目…、間違いない!僕と一緒に歩んだ、Lioだ。君、喉は?喉は治ったのか?」
私が首を横に振ると、鷹匡は悲しげに目を伏せて、そうかと言った。
『歌は唄えません。だから、歌唱は天と龍に任せることになるでしょう。でも、貴方ならきっと分かってくれますよね。
私が、ステージに立ちうる人間か そうでないのか』
「…Lioなら、今の君なら知名度がある。謎のベールに包まれた君の正体を突き止めたいと、世間をあれだけ騒がせたことはまだ記憶に新しい。それに、何より君は正しく理解している。観客の瞳に、自分がどう映るのか。どう動きどう魅せれば、観る者を満足させられるのか。
君には、天とステージに立つ資格がある…!」