第106章 ねぇよ
こんな話を、廊下などで出来ない。私達は黙ったまま移動する。やって来たのは、鷹匡と脚本家が控えている部屋だった。
血相を変えるという言葉がぴったりの私達に、鷹匡は一体どうしたのかと問う。脚本家も不安気だ。しかし、それに答える余裕はない。すぐ姉鷺に、詳細の説明を頼んだ。
「楽の家まで迎えに行ったんだけど、いくらインターホンを押しても出て来なかったの。だから合鍵を使って部屋に入ったんだけど」
『もぬけの殻だったと』
姉鷺は、口元にハンカチを当て頷いた。
「どこに…っ、楽はどこに消えてしまったんだ…!」
龍之介は苦しそうに言ってから、下唇を噛んだ。すると、時計を確認した鷹匡は大きな溜め息を吐いて口を開く。
「はぁ…。信じられない。よりにもよって、公演初日に姿を眩ますなんて。だから、これだから偽物は駄目なんだ」
私と姉鷺。そして龍之介が、その言葉にピクリと反応する。しかし、1番初めに言葉を紡いだのは天であった。
「楽は、偽物なんかじゃありません。それに、仕事を簡単に放り出す男でもない。
ボクの仲間をよく知りもしないで、勝手なことを言わないでください。九条さん」
鷹匡は語気を強めた天を前に、しゅんと眉尻を下げる。しかし、すぐに再度口を開く。
「でも、もし彼が間に合わなかったらどうするつもりなんだい?いくら天が優れた存在でも、君は1人だ。この舞台を成功させることは出来ない。このステージを成し遂げるには、絶対3人必要なんだ」