第106章 ねぇよ
その時。唐突にナギが、ふわりと私の輪郭を撫でた。どうやらうっすらと汗をかいたせいで、髪が頬に張り付いていたらしい。
「何かに対し懸命に打ち込むアナタは、相変わらずとても美しいですね。ですが、その “何か” にワタシが携わっていない事実が実に悔し」
「なーに言ってんだよ!それでなくても忙しい奴に、ややこしいこと言うなっての!」
「OH…ワタシの愛の囁きは、ややこしい、ですか?」
ナギと三月のやり取りに何と言って良いのか分からず、私は困り笑いを浮かべていた。こういう時に、きっちりと仕切ってくれるのはやはり彼だ。
「そろそろ本当にお暇しましょう。では中崎さん。九条さん達に、どうぞよろしくお伝えください」
『あ、はい。必ず』
そのまま去ろうとする9人に、せめて座席まで案内させてくれと申し出るも、やんわりと断られる。気を使ってくれたのだろう。ここは素直に甘えさせてもらうとしよう。
さて、そろそろ姉鷺が3人を連れてここへ到着する時刻だ。そういえば、しばらくスマホを確認していなかった。マナーモードの上にばたばたと走り回っていたから、もしかすると気付かぬ内に連絡が入っているかもしれない。
『……え』
案の定、スマホには着信が入っていた。それも、何度も何度も。しかし相手は1人で、その相手とは他ならぬ姉鷺であった。
何かあったのだ。頭にはただ、それだけが浮かんだ。焦燥に駆られ、折り返し連絡をしようとしたその時だった。
「プロデューサー」
顔を上げると、3人がいた。
姉鷺と、天と、龍之介の3人だ。3人だけで現れた彼らの青い顔を見れば、どんな事態が起こっているのか予想も付く。
心臓が暴れ出し、冷たい血が全身を駆け巡る。そんな私に、天がまた口を開く。
「楽がいない」