第106章 ねぇよ
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その日は、実際にレインボーアリーナのステージで全通しが行われる。衣装に身を包み、舞台装置も全て本番と同じように作動する予定だ。龍之介の耳も、ウィッグや化粧が加われば笑える要素は何一つない。また、楽の天使姿もそれは壮観であった。その2人に引かず劣らずなのは天。劇中でも人間なのにも関わらず、浮世離れした雰囲気で華がある。
『いよいよリハですね。これ、私からの差し入れです』
私は、天と龍之介にスポーツドリンクを手渡した。
「ありがとう!」
「2本だけ?楽にはないんだ」
「え」
『ありますよ』
目を点にした楽に、私は家から持参した水筒を手渡した。それを見た天と龍之介は、にやにや口角を引き上げた。
「へぇ。やるじゃない」
「いいなあ。楽だけ春人くんのお手製だ!」
「春人…ありがとうな。早速いただくよ」
楽は満面の笑みで礼を言うと、キャップを開けてそこへ口を近付ける。
『あ、待っ』
「くっさ!!おい!なんだこれ!」
『え?大根おろしですけど』
「だいこ……」
楽は唖然とする。その隣で、龍之介は苦笑いだ。天は、あぁそれボクも食らったことあるよと、遠い目で言った。
『喉に良いんですよ。貴方、最近少し声が掠れる時があるでしょう』
「…ま、まぁトロロよりは飲めるか」
【71章 1686ページ】
『あ、待っ』
楽は、水筒から勢い良く大根おろしを啜った。そして、明らかに無理をして笑顔を作る。
「ありが、とうな。お前なりに俺のことを考えてくれてん」
『普通、蜂蜜をかけて食べるんですよ?よく甘味なしで大根汁啜れますね』引
「だからお前は何でいつもいつも説明が遅いんだよ!!」
その叫びを聞く限り、楽の声は絶好調であった。
ちなみに、初の本格リハーサルは最高の結果を収めた。