第106章 ねぇよ
結末が観る日によって変わるとは、脚本家も思い切ったものだ。それを嬉々として受け入れた鷹匡も凄いけれど。
「俺の希望としては、どちらも撃たれないで終わる物語も欲しかったな」
『両方生存の平和ルートですか』
「そう!やっぱり、ハッピーエンドを望む人も多いと思うんだよね」
鷹匡は、にっこりと微笑んでから私達に質問を提起した。
「君達は、チェーホフの銃という言葉を聞いたことがあるかな?」
「チェーホフの銃…。確か、ストーリーに持ち込まれたものは全て後段の展開の中で使わなければならず、そうならないものは取り上げてはならない。つまり撃たれる予定のない銃は、そもそも物語に登場させてはならない。というような意味を持つ言葉でしたか?」
「その通り!さすが僕の天だ!
逆を言うとね、話の序盤で出て来る銃は、必ずしも使われなければいけないんだよ。描写されたにも関わらず発砲されない銃が出て来る作品なんて、穴だらけのプロットの上に成り立つ駄作だ」
「平たく言や、人間側が獣人を制圧すら為に銃を作っちまった時点で、もうどっちかが撃たれることは決まってたってことか」
「うーん…仕方ないとはいえ、悲しい運命だね」
龍之介はがっくりと項垂れた。
と、その時。会議室にノックの音が響く。やや間があり、入って来たのは八乙女宗助であった。
「ご無沙汰しております、九条さん。わざわざ御足労頂きましたのに、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「はは、気にしないで。お陰様で、有意義な時間を過ごさせてもらっているよ。
そういえば、さっきからパトカーのサイレンの音がよく耳に入るんだけど。もしかして、近くで何か事件でもあったのかな?」
「あぁ、さきほどニュース速報が流れていました。なんでも暴力団のアジトを検挙中に、警察の目を盗んだ何者かが拳銃を一丁持ち去ったとかで」
私達の間に、嫌な空気が流れた。しかし、鷹匡だけは笑顔だ。
「そうか…。チェーホフの銃の話をしている最中に、こんな話が舞い込んでくるなんて。なんとも奇妙な巡り合わせだね。これがもし現実でなく小説や映画や舞台であったなら、こんなに分かりやすい伏線はない。
皆んなも、そうは思わないかい?」