第104章 爽やかな笑顔だな
もう時間がない。実際に試す時間もない。だから、今からボク達が言うことをしっかりと頭に叩き込んで、本番ではそれを実行して。
そう前置きをしてから、天は単刀直入に切り込む。
「本番では、ダンス捨てて」
「え!?」
楽も龍之介も、もちろん私も異論はない。天が告げたそれこそが、起死回生の一手だと分かっていたから。
「いいか?全く踊るなって言ってるわけじゃねえ。上半身はある程度使ってもいい。下半身も、少しなら大丈夫だ。
ダンスを大幅に削って出た余裕を、全部 歌唱にぶち込め」
そう。つまりKeiは、歌とダンスを同時に行う技術が身に付いていないのだ。実は、それこそがアイドル最大の鬼門。
試してみれば分かることだが、歌いながら歩くことさえ普通の人間にはままならない。
TRIGGERや他のトップアイドルが笑って熟してしまうから忘れがちだが、激しい踊りに歌唱を合わせることは、とんでもない神業なのである。
きっとKeiは、その難しさを舐めていたのだろう。並大抵ではない量のボイトレ。このダンスを手足が千切れるくらい踊り込んだ。それはさきほどのステージを見ていれば伝わってきた。
だが、それらを合わせての練習はしていなかったのだと思う。そこに一番時間を割くべきだと教えてくれる人間が、彼女にはいなかったのだろう。
「難しいステップは踏まなくてもいい。その代わり声が揺れないように、常にお腹に力を入れていて。それから、普段よりも深い声を出すようイメージして歌うんだ」
龍之介のこれが、最後のアドバイス。戸惑っていたKeiだったが、しっかりと頷いた。