第104章 爽やかな笑顔だな
「では、Keiさんのリハーサル!音楽、いきまーす!」
楽を筆頭に、私達は今までよりもステージに意識を強く向ける。本番さながらの雰囲気で、彼女の持ち時間はスタートを切った。
聴いたことのない音楽である。これは彼女の持ち歌だろうか。アップテンポな曲調で、既に披露されているダンスも素晴らしい。
『……』
(Keiの既存の動画では、踊っているものは ひとつもなかった。ダンスも出来るのか。それとも、今回の為だけに必死で会得したのか)
肝心なのは、歌だ。
今回の参加者の中でも注目株の彼女。周りのスタッフも、より一層の興味を持ってステージを見上げていた。
面を着けた彼女の、ブレス音。いよいよ、歌唱が始まる。
『!!』
(っ、こ 、れは…)
全くの、ド下手であった。
龍之介は顔を両手で覆い、楽は悔しそうに顔をステージから背けた。天だけは、どれだけ彼女の歌が酷い出来であろうと、しっかりと見届ける。
ド下手と言ってはしまったが、しばらく見ていると、それは少し違うということに気が付いた。
彼女の歌が、こちらの胸に全く響いてこない理由。それは、ダンスが歌唱の足を引っ張っているのだ。
激しいダンスのせいで、声が揺れる。音程が小さく乱れる。息が弾んでしまう。
結局、Keiは自分の待ち時間を使い切ってしまった。勿論、最後まで持ち直すことなく。
「え、っと…。ケ、Keiさん、お疲れ様でした。本番もよろしくお願いします」
「……」
Keiは、告げたスタッフに言葉を返すことはしない。そして、ステージから足を下ろそうともしない。
光と音が鳴り止んだステージに1人立ちすくむ彼女。誰もが、どう扱っていいのか分からなかった。