第103章 ただいま
すると、ゆっくり姉鷺がこちらへ歩み寄る。その表情は、私が今まで見てきた彼の顔で一番優しかった。それから私の手に、何かを握らせる。
「はい、これ。社長から言われて、用意しておいたわ」
『これ、は』
手の中にあったのは、名刺である。八乙女プロダクションの社名。中崎春人という名前。それが同じ紙面にあることが、私の胸を震わせた。
「社長はこういう人だから、素直な言葉は口にしないけれど…って、そんなことアナタなら知ってるわよね」
『姉鷺さん…、社長も…ありがとう、ございます。またこちらで、お世話になります』
「当たり前だ!お前には、TRIGGERの為にまだまだ働いてもらう」
大きな声で言い放った社長を見て、私と姉鷺は顔を見合わせ微笑んだ。
「もうあの子達には会ったわよね?喜ぶ姿がありありと目に浮かぶわ…」
『いや、それが…』
私は、まだ彼らに会っていないこと。それどころか、ツクモを出たことすら伝えていないのだと打ち明けた。
これには姉鷺だけでなく、社長も目を丸くする。
『ま、まぁ…焦って伝える必要はありませんし。プロデューサーという形ではなくとも、専属作曲家 Hとして側にいることも出来ますし…ねぇ?』
「あらいやだ。この子 照れてるわ。可愛い」
「馬鹿なことを口走ってる暇があったら、さっさと顔を合わせて来い!」
私は社長の怒声に、肩を跳ねさせた。