第103章 ただいま
ツクモへ足を踏み入れた日も、私はこうして段ボール箱を抱えていた。しかし今度は、その時とは真逆。今回は、ここからまた新たな一歩を踏み出すのだ。
濃密な時間を過ごしたこの場所を、最後の最後に見上げてみる。すると、無数あるオフィスのある一画。窓ガラスに、了の姿が見えたような気がした。しかしその影は、私が見上げたのとほぼ同時に消えてしまう。
彼がいたのかもしれないし、いなかったのかもしれない。しかし私は、気のせいじゃなければ良いな なんて思い、口角を上げた。
この場所に来るのは、どれくらいぶりだろう。もうほとんどの社員やタレントは退社しているだろう。しかし受付嬢は、まるで置物のように綺麗な姿で受付に鎮座していた。
『すみません。社長と会う約束をしているのですが』
「はい、お伺いしてますよ。社長から、こちらを貴方に渡すよう承っております。どうぞ」
手渡されたのは、社員証であった。これは、私がかつて使っていた物だ。ずっと、取っておいてくれたのか。
『ありがとう、ございます』
受付嬢はにっこりと笑って、ご自分の足でどうぞ。と言わんばかりに、エレベーターの方へ私を促した。
まるで母校を尋ねるような、どこか不思議で懐かしい感覚。今でも幾度となく押した丸いボタンを押す。
しゃっきり背筋を伸ばしたままで、最上階まで体が運ばれるのを ただ待った。
社長と姉鷺には、私が今日この時間に戻る旨を伝えていた。2人は、快く迎えてくれるだろうか。
それに対し、TRIGGERメンバーには戻りを伝えていない。理由は、自分でもよく分かっていなかった。
照れ臭さもあるのだろう。あとは、やはりまだ確信が持てなかったから。
今のこの関係性のまま、私が彼らの隣にいることが正解なのか。