第103章 ただいま
私は、龍之介がどういう考えで別れを切り出したのか理解しているつもりだ。それに龍之介への恋心も、少しずつ体から切り離せているとも思う。だが、負い目が完全に消えたわけでない。そして龍之介もまた、別れる際に私を傷付けたのではないかという負い目を感じているのだと思う。
こんな私達が、気兼ねなく笑い合って会話が出来るようになるまで、一体あとどれくらいの時間を要するのだろうか。
「春人。いつ戻ってくるんだ?」
『楽…』
「早く、帰って来いよ。俺は、あんたが戻ってくるのをずっと待ってる」
そう言った楽の視線は、真っ直ぐ私に突き刺さる。焦れているような、焦がれているような、その瞳。
彼の本心は、どこにあるのだろう。彼のこの言葉は、TRIGGERの八乙女楽のものだろうか。それとも、ただの八乙女楽という男が口にしたものなのだろう。
そして一体 私は、そのどちらを望んでいるのだろうか。
「プロデューサー、久しぶり。病院で会って以来かな」
『…そう、ですね。すみません。全快祝いなど、何も出来ず仕舞いで。完全復帰、おめでとうございます』
「なんだか他人行儀だね。まるで、キミとTRIGGERの間に距離が出来たみたい」
『えっ、そんなことは!』
「ふふ、冗談だよ。そんなことあるわけないって、ボクは分かってる」
相変わらず、綺麗な顔で笑う天。この笑顔だけは、いつでも どんな時でも どこで見ても変わらない。ほっと心が弛緩した私に、天は続ける。
「多少 歩く道が違っても、終着点は同じだから」
『え?』
「TRIGGERと、誰かさんの話だよ」
言葉少なに、天は二人を連れて廊下の先へと消えた。