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引き金をひいたのは【アイナナ夢】

第101章 運命の相手には、いつ会えるか分からない




喉の奥が熱くて、頭の芯が痛いのに、涙は出なかった。


『分かっ…た。もう、分かった』


そう言って頷くだけで、精一杯だった。
もうこれ以上、龍之介に別れの言葉を吐いて欲しくない。それを口にする度、傷付くのは私ではない。龍之介、本人なのだ。


「ありがとう。今まで俺を、愛してくれて」


それは、優しいけれど。私を突き放す言葉。しかし彼は、笑顔だった。どれだけ強い意志があれば、こんな笑顔を浮かべていられるのだろう。
私も、彼の気持ちに報いなければならない。だから負けじと、笑顔を見せる。


『龍は、いつだって優しい顔をしてるね。こんな時でさえも。
今思えば、私と初めて会った時、あの廊下でぶつかった時も。貴方は優しい顔をしていた』

「はは。だって運命の相手には、いつ会えるか分からないだろ?だから、極力 怖い顔はしないようにしてたんだ。
心掛けていて、良かったよ。君に、そう思ってもらえたんなら」


まだ私を想う気持ちがあるのなら、何も気付かないふりをして隣にいてくれればいいのに。
だが、彼にそういう狡さはない。
私が好きになった人は、私の幸せを1番に考えられる人だった。そして、その為なら自分の幸せを顧みない。

あぁ、なんて優しく、愚かで…なんて、愛おしいのだろう。


『さようなら。龍之介』




手早く必要最低限の荷物だけをまとめて、玄関に立つ。残りの荷物はまた後日取りに来ると、見送る彼に言い残してから、いよいよ私は家を出た。

もしかしたら、追い掛けて来てくれるかもしれないなんて淡い期待は、見事に裏切られる。
閉まったドアの音を聞いた時。ようやく涙が出た。


『っぅ……、ぁ…!』


なるべく声を殺し、ドアに額を押し付けて、遅れて出て来た涙を流し続ける。

そしてドア一枚を隔てた向こう側では、彼もまた涙を流していることを、私は知らない。
玄関扉に背を預け、私の名を呼び落涙していたのだった。

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