第100章 お前、龍のこと好き過ぎだろ
『ば、万理だって、キスのひとつもして来なかったくせに!』
「しようとしただろ!?人の気も知らないで、お前がカモシカみたいなスピードで逃げたんだ!あの時 俺がどれくらい傷付いたか!」
『いやっ、あれは違…その、心の準備って奴が出来てなくて!』
「カモシカの話で、えらく盛り上がってますね」
自分達のすぐ後ろから聞こえてきた声に驚き、2人して勢い良く振り返る。
そこには、若干気まずそうに立っている楽の姿があった。
「えっと…やっぱり俺、邪魔すかね」
「全然!どうぞ、ここ座って。そろそろあっちの仲間に入れてもらおうかなって思ってたところだったから」
「え、いや!ここで一緒に」
「はは、ありがとう。でも本当に気を遣わないで。邪魔なのは多分、俺の方だから」
行かないでくれ!と、私は目で訴える。
繰り返しになるが、この男は私を甘やかしたりしない。高校時代は、あんなにも優しかったというのに。
当然のように私の訴えは却下され、万理は微笑みひとつを残して去っていった。残されたのは、冷汗をかく私と、万理の捨て台詞が理解出来ずに顔を傾ける楽だけだった。
「……何だよ、俺が来たら急に黙りこくって。カモシカの話 邪魔したから怒ってんのか」
『怒ってませんし、一旦カモシカ忘れてもらって良いですか』
とりあえずは、並び座る。楽は手ずからグラスを持って来たので、そこへ同じ酒を注ぎ足した。
彼が、春人は敬語を使わない時は声が高いとか、最近ほとんど連絡を寄越さなくなったとか、そういうことを話している。
それを半分くらい聞きながら、全然別事を考えていた。
私は今まで、彼と2人きりで話す時、一体どんな顔でどんな心持ちでいたのだろうかと。