第99章 間違ってると思ったことは、間違ってるだろってそう言いたい
思っていたよりも話し込んでしまった。明日の朝も早いというのに、もう良い時間だ。私は腕時計を見やってからトウマに告げる。
『そろそろ、帰ろうか。多分、トウマが思ってたような話は全然出来なかったよね。ごめん』
「え、いやいや!んなことは全然、いいんスけど…」
トウマは、私に対し丁寧語を使ったり使わなかったりだ。それはおそらく、私がエリであったり春人であったりするからだろう。別人として接するとは言っていたが、やはりそう単純ではないようだ。
敬語なんて使わなくても良い。
喉元まで出かかったその言葉を、私はやっぱり飲み込んだ。伝える前に気が付いたのだ。エリの姿でトウマの前に現れることは、きっともうないと。だから、話し方を変えてもらったところで大した意味を成さない。
「その、家まで…送らせてもらっても、良いですか!」
きっと、勇気を振り絞っての申し出だったのだろう。しかし私は、静かに首を横に振る。
『ありがとう。でも、大丈夫。迎えが、そこまで来てくれてるから』
人通りの少ない裏道に、車を停め待ってくれていると、龍之介からさきほどメッセージが入ったのだ。トウマはそのことを察し、少し切なげに頷く。そんな彼に、私はゆっくりと背中を向けた。
「待って、くれ」
『??』
「まだ、あんたに肝心なこと、伝えてなかった。
助けてくれて、ありがとう。俺のこと、拾って助けてくれたのがあんたで良かったよ。ほんと、ありがとうな」
好きだと告白をしてから、名前を訊いて、助けてもらったことへの御礼を言う。最初から最後まで、順番がめちゃくちゃだ。私はそんなことを思いながら、笑顔で手を振った。
「じゃあ、また明日… いや…違うな。
さよなら。エリ。そんで、また明日な!春人!」
『ふふ。うん。さようなら、トウマ。
また、明日ね』
エリ用の別れの言葉と、春人用の挨拶を、丁寧に口にしたトウマに、私は今度こそ背を向けて歩き始めた。
「はは!なんだろうな。失恋したってのに、あんまり悲しい気持ちにならねぇのは…なんか、不思議な感じだ」