第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
『 貴方が散った
どこへ消えてしまったの
何もかもを残したまま
今は、跡に、何も無い
今は、ただ、走ろう
貴方の残響だけを抱き締めて
貴方が散った
あぁ、春が、消し去った
あぁ、共に、連れて行って
残響に取り憑かれてしまいたい
耳鳴りする鼓動を止めてしまえたら
心臓を、投げて、しまえたのなら
あぁ、どんなに…
それが叶わないと言うのなら
せめて、探そう
探しに、行こう
翼をたたんで、羽を休め
貴方に、似た華が、咲く場所を 』
あぁ。そうだ。私は、彼のことが大好きだった。それこそ、大切過ぎて、彼を傷付けるものを全て傷付けなくては気が済まないくらいに。
探して、追い掛けて。やっと会えて。
でもまた、会えなくなってしまった。
「…もう二度と、会えないと思っていたのに…でも、ここにいた…。貴方は出逢って来た人々に…素晴らしいものを残して去ったのですね…桜さん」
『彼と携わった人間が歌を生み出す限り。彼の歌を愛する人間が居なくならない限り。桜 春樹は、生き続ける。
だから私達は、前を向いて、胸を張って明日を生きていく。彼の、為にもね』
私は彼女に背を向けて、顔を両手で覆った。
目も口も、こうして塞いでおかないと。もう、涙や嗚咽が堪え切れそうになかったから。
『巳波』
「……は?」
『涙は、流すことでストレスを緩和してくれるんだって。だから、泣けるんだったら泣いた方が良いよ』
「…あの…。こういう時は嘘でもいいから、気付かないふりをするのがマナーでは?……エリさん」
『はは。気が利かなくてごめんね。でも正直、もうこりごりだから。仲間に嘘を、重ねるのは』
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