第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
バイクを走らせ、やって来た彼の自宅。私はインターホンを鳴らす。手には勿論、この世に生まれたばかりの新譜。
しばらく待っていると、カメラ付きインターホンから低い声が聞こえてくる。私はぐっとレンズに顔を近付けた。
《 ……こんな時間に、一体 何の用ですか。しかも、そんなお姿で 》
『遅くに、あと急にごめん。でもあまり人目につきたくないから、早く入れてくれると助かる』
《 ありえない… 》
そうは言いつつも、ドアロックは解除してくれた。
お邪魔します。と部屋へ踏み入れば、すぐそこに暗い微笑みを浮かべる巳波が立っていた。
「私の中で貴女へ、KPが加算されましたよ」
『KP、とは?』
「ふふ。嫌い ポイント」
『…ちなみに、加算されたって如何程に?』
「そうですねぇ。約、40万ポイントほど」
『基準が分からないから何とも言えないけど、多分 破格の増加なんだろうなぁ』
巳波は、ちらりと時計を確認して告げる。
「こんな時間に、1人で男の家に上がり込むなんて。貴女、少々 良識がないんじゃありませんか?」
『…あぁ!春人の格好してくれば良かったかな』
「そういうことを言っているわけではないのですけど。貴女、もしかして…私に、襲われたいんですか?」
『え?私のこと、襲いたいの?』
「ご冗談でしょう」
『いや、そっちが先に言ったんですけど…』
あぁ。私は、ここまで来たというのに、意気地がない。しかし、どう切り出したら良いか分からなくて、意味のない会話ばかりを重ねてしまう。