第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
『出来た!!』
時計を見る。ピアノに向かって、まだ2時間程度しか経過していないらしい。夢の中でほとんど出来上がっていただけあって、仕上げはかなりスピーディだった。
「え、もう終わったの?!早いな!」
『龍…。お腹、空いた』
「っぷ、はは!分かってる。もう…ほんと子供みたいだ」
『ごめん…』
「ううん、全然。俺は、君のそういうところも可愛いと思ってるから」
空腹を思い出したように鳴ったお腹を撫でながら言うと、龍之介は声を出して笑い言った。そして、出来てるよとダイニングテーブルを指差した。
あったのは、白い湯気を立てるタマゴ粥。
『いただきます』
「はい、どうぞ。お腹がびっくりしちゃうから、少しずつな」
木のスプーンで、言われた通りの少量を掬う。口へ運べば、温かくて優しい味がいっぱいに広がった。少しの味噌が、どうやら隠し味のようだ。
『美味しい…。いや、本当に美味しい。こんな美味しい物食べたの初めてかもしれない。やっぱり龍は天才だね。もしアイドルになってなかったら、一流レストランのシェフになってるに違いない。うん』
「エリ、俺をそこまで持ち上げて誉め殺して。そんなに、怒られるのが怖い?」
『バ、バレてましたか』
「バレてます」
龍之介は笑っていたが、怒っていないとは限らない。私は恐る恐る、スプーンを静かに往復させる。食事を続けながらも、彼の観察を続けた。
「怒ってないよ。いや、なんだろうな…。もうそういうのを超越したというか…」
『ごめんなさい!!私が毎度毎度 無茶をするばっかりに、龍に悟りを開かせてごめんなさい!』
「はは。そう思ってるなら、自重してくれると嬉しいんだけど」
仏様は、笑いながらもお怒りであった。
『いやでも、今回みたいなのは流石にもうしないよ。ちょっと自分でも危ういなって感じた。
本当に、心配かけてごめんなさい。あと、支えてくれてありがとうね』
龍之介は、私の方へ手を伸ばす。そして口元に付いた米粒を摘み上げると、自分の口へと運んだ。それからにこっと笑い、どういたしまして。と告げるのだった。