第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
『はっ!そんなことより、曲を』
「曲?」
『そう!私、夢の中で曲を作って』
ベットから脚を下ろし、立ち上がろうと力を込める。しかし、ガクンと膝が砕ける。
『っうわ』
「エリ!」
龍之介は素早く私をすくい上げると、ベットの縁へ座らせてから大袈裟に溜息を吐く。
「はぁーー…。もう、気を付けて。君は今、曲作りに耐えられるような体じゃないんだ」
『駄目、駄目だよ、無理…。頭の中に、メロディラインが流れてる!音が、言葉が溢れてる、早く形にしないと溢れちゃう!』
私は、自分の両手の平を見つめる。辺りには、パチパチと弾ける音の粒。それはまるで花火のような、口の中で跳ぜるキャンディのような。五線譜の上を、キラッキラの粒が踊っている。
おそらく、私の目は爛々と輝いていることだろう。そんな瞳で、龍之介をぐっと見上げる。
『龍!私、いま、曲を作らなくちゃ!』
「…そんな、ピアノまで歩いて行くことも出来ないような体で?」
『うん。だからね、龍之介… 抱っこ』
「〜〜〜っ!!あぁもう!やっぱりエリは狡い!狡いよぉ…」
龍之介に向け、目一杯 両腕を広げる。彼は頬を紅潮させて、呆れたような、でも嬉しそうな表情で私を持ち上げてくれた。
降ろされたのは、電子ピアノの前だ。腰を下ろすなり、隣に設置した棚の引き出しから、真っ白な楽譜とペンを引っつかむ。ワイヤレスイヤホンを荒々しく装着して、音を確かめるように奏でる。
あぁ。バラバラだった真珠を集めて、ネックレスにするようなこの感覚。私が生きていると実感出来る瞬間のひとつだ…
「あぁそうだ。お腹空いてるでしょ?お粥でいいかな」
『………』
「もう、聞こえてない か…。
音楽作る人って、皆んなこうなのか?はぁ…」