第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
「出て行け」
了は、ただそれだけを、短く言った。悠の質問には、一切答えることなく。
虎於は私の肩を担ぎ、立てるか?と問う。こくりと一度 首を縦に落として、脚に力を入れる。しかし思うようには動かず、ほとんど虎於に担がれる形となる。
出て行けという言葉は、私だけでなく全員に向けられたものだろう。彼らはそれを等しく理解していた。だから、5人で社長室を後にする。
彼らの、私を案じる声がする。
「うぅ、春人!大丈夫か?死なないよね、はっ!!ヤバイ!息してない!!」
「ハル落ち着け!息はしてる!」
「かなり、憔悴なさってますね。私が居ない間、どのような扱いを受けていたのか察するに容易いです」
「…あぁ。お前が考えてる通りだ。巳波が居ないこの1週間、こいつは1人で責任を背負い込んだんだよ。まったく…見ていてヒヤヒヤしたぜ」
「そう、ですか…」
カクン。と、体全体から力が抜け落ちる。私を支えていた虎於が、短い声を上げ抱き留める。
「おわ!」
「うわーー!春人が死んだ!!」
「だから生きてるっつの!!」
「……眠って、いらっしゃいますね」
「お、驚いた…。肩を担がれた状態で寝落ちするって、どれだけ極限状態だったんだよ。
ま、これで運びやすくなったな」
「…ねぇ虎於。なんでお姫様抱っこ、そんなに嬉しそうなの?」
「トラ、男にも欲情出来て便利いいな」
「ふん。何とでも言え。俺はこれからこいつを家に連れて帰るぜ」
「「卑猥だ!!」」
「では、皆さんでご自宅まで送って差し上げては?」
「ミナは来ないのか?」
「…えぇ。私は、今は…1人でいたいので」
巳波。貴方は、大丈夫なのだろうか。
大切な友人を失い、貴方の心は今…