第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
「いいね。ようやく…壊れたかな」
『……壊れ、る』
「そう。人格の崩壊って奴だ。でも、それでいいんだよ。正気なんて、失ってしまった方が楽だから」
『ら、くに…』
了は、予めテーブルの上に用意していた紙とペンを、私の方へと押しやった。
「ほら、これをごらん?よーく見るんだ。あ、嘘。あまり詳しく見なくていいや。それでここにね、君の名前を書いたら楽になれるよ?もう疲れただろう?しんどいだろう?解き放たれたいだろう?」
『……楽、に』
「そうだよ。君がただ名前を書くだけで、皆んな助かる。IDOLiSH7も、TRIGGERもRe:valeも。皆んなが幸せ!ハッピーさ!」
甘い言葉に、ふらふらとペンへ手が伸びる。ここに、私の名前を書くだけで…この地獄から抜け出せる。今の私は、本気でそう思ったのだ。
「あらあら。出来れば、貴女のそんな顔は見たくありませんでしたね」
「……巳波」
了はこれ見よがしに舌を打つ。そして、憎々しげにその名を呼んだ。
私は見たくないと言われたばかりの顔を、彼に向ける。巳波は、ほんの少し気まずそうな表情をした後、妖艶に微笑んだ。そして、綺麗な形の唇を動かす。
「ただいま、戻りました」
『…あぁ、おかえり なさい』
ガン!!という激しい音と共に、了の隣にあったサイドチェストが吹っ飛んでいった。
「お前…!巳波!!なんで今、僕の邪魔をした!分かってたはずだ!もう少しで、もう少しでこいつの全部はツクモの物になるところだったんだぞ!!」
「すみません。ですがそのことに異を唱える人間は、私だけではないようですよ?」
巳波が扉の前から一歩ずれると、悠に虎於、トウマが入室した。