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引き金をひいたのは【アイナナ夢】

第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?




「どうしたのー?楽しい話?」

『…桜春樹さんが、亡くなりました』

「ふぅん、そっかぁ」


彼は爪にヤスリをかけて、ふっと息を吹きかけた。そして手をパーに広げて、整った爪を満足げに眺めている。やがて指と指の間から、こちらに視線を向けて言う。


「泣かないんだね」

『……』

「いや、違うな。お前、泣けないんだろ」

『…貴方が目の前にいるからです』

「あっはは!違うね!それはただの言い訳。僕が教えてやるよ。君がどうして涙を流していないのか。それはね

お前がもう、壊れかけてるからだ」


そうなのだろうか。もう自分では、何も分からない。でも、大切な恩人の為に涙すら流せない人間よりも、壊れてる奴の方が
…よほどマシだ。

私は、ゆっくりと瞼を伏せた。そして、手の届かない遠い場所に行ってしまった者へと想いを馳せる。


『……』
(あぁ。桜さん…。大好きな人の死を悼む余裕も失くした私を見たら、貴方はどう思ったでしょうか)


脚の上に置いた手と手を、ぎゅっと強く握り込む。


「死んだ人間のことをいくら想っても、そいつは生き返らないし、まして喜んだりもしない。結局、生きてる人間は生きてる人間にしか影響を及ぼすことが出来ないんだ」

『え』


私は、俯けていた顔を勢い良く上げる。


「だ か ら☆今日もたくさん働いて、会社の為に良い影響を沢山及ぼしてね!期待してるよ!春人くぅん」


まぁ、そうか。あり得ないな。
この男が、人を励ます言葉を口にするなど。

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