第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
翌日。私は相も変わらず、了の前にいた。
「君さぁ…いい加減に、しぶといんだけど」
『……』
「普通の人間なら、とっくに壊れちゃってると思うんだけど。あぁそうか、君は普通じゃあないんだった。それはそれは特別な、元アイドル様だもんね!」
人が人を壊すのに、最も有効なのは 眠らせないことだ。人間は睡眠を取らないと、いとも容易く狂ってしまう。それを私は今、身を以て体験している。
懐の中で、携帯が震える。私が気付くのと同時くらいに、了もそれに気付いたらしい。どうぞ と了は紳士的に、電話に出るよう促した。
私は誰からの着信なのかも確かめず、通話を開始する。
『……』
《 春人氏?》
どうやら、電話の相手はナギらしい。私ほどではないが、声が沈んでいる気がする。
《 平気ですか?もしや、体の具合が悪いのでしょうか 》
『あぁ…大丈夫です。どうされましたか』
《 …まずは、アナタに御礼を申し上げます。アナタのおかげで、棗氏がハルキに、無事 会うことが出来ました 》
『そう、ですか。それは何よりです。私も嬉しいです』
《 もうひとつは、ご報告を。
…本日、ハルキが 亡くなりました 》
それは、予想していた結果だった。だから、ちゃんと心を作っておいたはずだ。しかし、やはり人間の感情というのはそう単純なものではないらしい。
ナギの言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かが弾けて、胸をナイフで抉られたような痛みに襲われた。
《 春人氏?大丈夫ですか?》
『あ、あぁ。はい…すみません。貴方の方が辛いのに、気を遣わせてしまいましたね』
《 いいえ。悲しい に、1番も2番もありません。アナタもワタシも…、ハルキが居なくなって、悲しい 》
ナギの声が詰まる。これ以上、彼と話していると私まで泣いてしまいそうだ。了の前で涙を流すなど、考えたくはない。
私は彼にお悔やみと、一報をくれたことへの礼を伝えて電話を終わらせた。