第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
2時間後。私は瞳を開く。なんと、目覚ましをセットし忘れていたらしい。もし寝過していたらと思うと、全身から血の気が引いた。しかしながら、まるで機械のようにぴったり2時間で目を覚ました自分を褒めてやりたい。
二日酔いは、ない。というか、まだ酒が抜けていないだけだった。
ふと隣を見ると、龍之介の姿がなかった。急ぎリビングへ移動すると、エプロン姿の彼がそこにいた。
「おはよう。って、さっき寝たばっかりだけど」
『あ…おはよう。龍も、早いね』
「俺は、君の為のお弁当作り。
近くに居られないし、何もしてあげられないけど、どうしてもエリの役に立ちたくてさ。
ご飯、ちゃんと食べてね。沢山作るから、向こうに着いたらすぐに冷凍庫に入れ」
私は、突進するように龍之介の胸へ飛び込んだ。彼は慌てて手にしていたフライパンを上げる。ぎゅっと、力任せにその体を抱きしめた。
『ありがとう…。ありがとう、龍之介』
「うん」
フライパンをコンロへ置き、空いた手で私の頭をよしよしと撫で付ける。
「本当は…何度もツクモに乗り込んでやろうかと思ったんだ。君が、無理してるの分かってたからね。でも、エリはそれを望んでいないことも分かってるから…。
はは、やっぱり難しいよ。大切な人と、大切な人の大切な物を、同時に守るのって」
『ううん。龍はそれを、びっくりするぐらい出来てるよ。すごいね、私には多分 無理だと思う。龍だからこそ、出来ちゃってるんだね』
そして数十分後。私達は玄関に並び立つ。
『行ってきます。今日も愛してる』
「俺も。じゃあ、行ってらっしゃい」
甘やかな口付けを、ひとつ交わす。それだけで、この先の困難も乗り越えられそうな気になった。