第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
「春人は、オレ達のこと、本当に道具として見てないんだな。今まで、あんまりそういう大人に会ったことなかったから…ちょっと、びっくりした」
悠が零した言葉に、胸を締め付けられる。彼が身を置いていた環境の、過酷さや冷徹さが伝わって来たからだ。
彼らがこれからアイドル活動を行なっていく中で、今度こそ良い出逢いが沢山あればいい。私は本気でそう願った。
「客には事前に告知するのか?それとも、当日までだんまりか?」
『告知はしません。棗さんがノースメイア行きを選ばなかった場合は、通常通りにライブを行えますから。
ですので、彼の不在を伝えるのは当日のステージで、です』
続けて言う虎於の目が、窺うように私を覗き込む。
「まぁ、ファンが仮に納得したとしても…あの男は絶対に納得なんてしないだろうな」
トウマと悠も、不安げに俯いた。きっと、あの男が暴れ狂うシーンでも想像したのだろう。そんな彼らに少しでも安心して欲しくて、私は顔に笑みを貼り付ける。
『大丈夫ですよ。私、彼の機嫌を取るの得意なんです。貴方達は、明後日のステージを乗り切ることだけ考えてください。
あぁそうだ、おそらく3人でライブを行うことになるので、編成やパフォーマンスもそれ用のものを考えないといけませんね』
努力の甲斐も虚しく、彼らの表情は変わらず暗いままだった。了を宥(なだ)め賺(すか)すことなど、不可能だと分かっているからだろう。
それでも私は、今回の責任の全てを1人で背負い込むことを はなから決めていた。
ナギの願いを叶える為。巳波に後悔をさせない為。それだけではない。
きっとこれは、私が桜春樹に出来る、最初で最後の恩返しの機会なのだ。