第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
『結局のところ私達が出来るのは “ 私達に騙された ” という既成事実をプレゼントするのみ。最後、本当に選び取るのは…棗さん、本人なんですよね』
「……なんか、あんたが既成事実って言うと…エロいな」
『……』
「トラ!!このシリアスな空気の中、よくそういうこと言えんな!高校生もいるんだぞ!」
「どうでもいいけどさ…それよりも、考えなきゃいけないヤバイこと。あるでしょ」
全くもって、悠の言う通りである。彼の言った、ヤバイこと。おそらくは、私達の脳内に同じ内容が浮かんでいるはずだ。それは、明後日行われる、大阪でのライブのことである。
作戦の決行は、明日。明日でなければならない。つまり、そのライブには巳波抜きで挑まなければならないのだ。
『私は…3人で、ステージに立って欲しいと考えています』
彼らは静かに、私の言葉に耳を傾けてくれている。
こんなことを言ってしまえば、天に怒られてしまうだろうか。などと考えながら、続ける。
『確かに貴方達には、決められた日、決められた時間にステージへ上がる責任があります。ですが…こういう事情がある場合は、その限りでない。と考えています。これは私の勝手な言い分ですが…
それでも私は、棗さんと、そして桜さんの想いに寄り添いたい。
ごめん、なさい。いつもは皆さんに厳しくしている立場の私が、なに勝手なこと言ってるんだって感じですよね』
同調して欲しいとは思わない。しかし私は、彼らに頭を下げた。我儘を言っている自覚があったから。
だがすぐに、両肩をぐっと持たれて頭を上げさせられる。すると、目の前にはトウマの顔があった。
「頭、下げなくていいから!春人、ありがとう。あいつの為に、ありがとうだ。
普段 厳しいお前がそう言ってくれるから、余計に伝わって来た。お前が、ミナのことを本気で想ってくれてるって」
『…狗丸さん…泣いてます?』
「泣いてねぇよ!!」
彼は涙ぐんだ目を腕で覆って、上向いた。