第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
突如として、ゴソ!と耳元に雑音が飛び込む。それを境に、ナギの声は聞こえなくなってしまった。その代わりに、ガサゴソという雑音は断続的に聞こえている。まるで、携帯を通話中にしたままポケットに突っ込んだようだ。
すると、再び人の声が電話口から聞こえた。しかし、遠い遠い声だ。私は懸命にスマホを耳に押し当て、息を殺す。
『………』
(なんだ?男の、声?それにこれ、日本語じゃない…英語?いや違うな…多分、ノースメイアの言葉だ)
理解したくても、何を言っているのかさっぱりだった。それでも、声の主がナギを責め立てているということだけは理解出来た。
ナギも、何かを必死に訴えかけている。しかし、どうやら和解には至らなかったらしい。
やがて、激しく扉が閉められる音がする。自分がそこにいるわけではないのに、酷く緊張してしまった。それは、これから語られるナギの話を脳に刻み付けなければと思わせるのに十分な出来事だった。
《 聞き苦しいものを、アナタに聞かせてしまいましたね。謝罪します 》
『いえ。気にしないで下さい。どんな話をしていたのか、私には何も理解出来ませんでしたから』
《そうですか。それは、幸いです 》
悲しげにポツリと言ってから、ナギは本題に入る。
《 ワタシは今、ノースメイアにいます 》
『はい』
《 こうして出向いている理由。それは、ハルキを救う為 》
『!!桜さんを、見つけたんですね。まさか彼が、ノースメイアに…』
彼は、詳細を語りはしなかった。その代わりに、ただ、願った。全てを失う覚悟を決めた人間が、一縷の希望を抱いて神に祈るように。
《 どうか。棗氏を、説得してください。ノースメイアへ、ハルキに一目会いに来るように… どうか、お願いします 》