第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
草木も眠る、丑三つ時。いや、正確には丑三つ時どころではない。体感的には、3時4時ではないだろうか。当然、私も深い眠りの中にいた。しかし、サイドボード上に置いたスマートフォンが、けたたましい音を立てる。
長い着信音が、メールの類ではないと言っている。早く通話に出なければ、隣で眠る龍之介を起こしてしまう。
目に突き刺さるような強い光に目を細め、画面を見やる。そこに映し出されていた名前は、六弥ナギ。
半ば混乱したままの頭で、緑のボタンをタップした。
『……はい。……もしもし?こんな時間に、どうしました?』
自分で自分の寝声に驚いた。
《 今日という素晴らしき日。アナタの声を一番最初に聴いた男がワタシであるという事実に、感動を禁じ得ません 》
『用がないなら、切ります』
《 OH!用事ならあります。どうか、切らないで 》
とりあえずは電話を耳に当てたまま、なるべく静かにリビングへ移動する。
薄い明かりをつけ、ゆっくり引いた椅子に腰を落ち着けた。まだ眠たい目を擦っていると、ナギが真剣な声色で告げる。
《 すみません。時差を考慮する余裕もありませんでした 》
『時差?貴方、いま一体どこに』
《 ゆっくり話をしている時間も、今のワタシにはありません 》
ゆっくり話をする時間はないくせに、人を口説く時間はあるのか。と少々 呆れながら、私は小さく欠伸を零す。そんな私を窘(たしな)めるように、ナギは続けた。
《 端的に伝えます。しっかりと起きて、ワタシの言葉に耳を傾けて 》
『起きてますよ…っていうか、アナタが起こしたんでしょう』
《 起こすのは、体ではなく脳の方です 》
『むぅ…こんな時間に人を起こしておいて、随分と上からですね。まるでどこかの王族みたいだ』
《 ……やはりアナタは、勘が良いですね。恐ろしいくらいに 》
『ナギさん?』
《 いいですか?よく聞いて下さい。ワタシは今、》