第97章 諦める理由にはならねぇだろ?
『私の事を知って、そして虎於の事も少しずつ教えてくれたら嬉しい。そう思ったんです』
「!!」
どうして、自分をあれだけ酷い目に遭わせた男を名前で呼び、あまつさえ親しくなりたいと思うのだろう。全くもって理解が及ばない。
驚いて。知りたくて、俺はつい要らぬことを口走る。
「お前…昨日のことを、怒ってないのか?何故、何か仕返ししてやろうって気に、ならないんだ」
『え?殺していいんですか?』
「で、出来れば生かしてもらえる方向で」
『ふふ、冗談ですよ』
パンを食べていた時とは正反対の、後ろ暗い笑顔で彼女は笑った。しかし すぐに真剣な表情に戻し、俯き加減で気持ちを語り始める。
『正直、昨日のことは腹も立ちましたし、貴方がどうしてあんなことをしたのか沢山考えもしました。でも、考えている内に、不思議に思ったんです。
どうして、棗さんに連れて来るよう頼んだのが、楽だったんだろうって』
「…べつに、理由があったわけじゃ」
『それで、私なりに思い至ったんです。
楽を選んだのは、消去法じゃなかったのかって。未成年である天。私の恋人である龍之介。その2人を避けた結果なんじゃないかって。
それに、TRIGGERの本番前ではなく、出番終わりというタイミングを狙ったでしょう。本気で貴方が楽を潰したいと思うなら、間違いなく収録に影響する前者を選んだはず。
それらから鑑みて、私は ある結論に至りました。虎於、貴方は…完全には悪になりきれていない』
自分でさえも、上手に纏めきれていなかった複雑な心中。それを他人に、ここまで言い表されてしまうなんて。今までに味わったことのない衝撃だった。