第97章 諦める理由にはならねぇだろ?
先日のようなトラブルはなく、収録を終える。現場まで足を運んでいるスポンサー、関係者に笑顔で挨拶をしているエリ。
巳波は、そんな彼女を特に気に留める様子もない。もう楽屋へと戻るようだ。対するトウマと悠は、自分も付き合った方が良いのかという表情。しかし結局、切り出すことはせず巳波の後に続いた。そして俺も、スタジオを後にする。
しかし廊下に出てすぐ、こちらを鬼の形相で睨む男と出くわした。そいつは壁に背を預け、低い声で言う。
「おい。ちょっとツラ貸せ」
こちらの返事を待つことなく、八乙女楽は歩き出した。口元が緩んでしまうのを我慢出来ず、俺は後を付いていく。
やがて、小さな会議室に辿り着いた。当然そこには、誰もいない。楽は部屋に入るなり、内鍵を閉める。
「男と密室に籠る趣味、俺にはないんだが」
「黙ってろ。呼び出される理由なんざ、とっくに見当ついてんだろ」
「おいおい。ジョークの1つにも付き合えない男はモテないぜ?」
「こっちは生憎(あいにく)、頭に血が上り切ってんだ。その理由を作った張本人と、冗談交わす余裕はねぇんだよ」
頭に血が上っている。そういう割に、男は冷静に見えた。いっそのこと殴り掛かって来てでもくれれば、愉快だというのに。
そんな俺の考えを見抜いたように、楽は続ける。
「本当なら殴り飛ばしてやりてぇところだが、それをやると春人に迷惑かけちまうからな。それに、あんたらを喜ばせるだけだろ」
想像以上の面白みの無さに、俺は肩をすくめて戯けてみせた。