第97章 諦める理由にはならねぇだろ?
【side 御堂虎於】
撮影が始まる数分前、エリはスタジオに現れた。正直に言うと、少し驚いた。ここには来ないものだと思っていたからだ。
しかし実際には、普通に現れた。本当に、普通なのだ。澄ました顔に、皺1つないジャケットは、いつもとなんら変わらない。さっきまで、俺の前で乱れていたというのに。そんな名残など、どこにもないのだ。
「春人、時間ギリギリじゃん。いつもの10分前行動はどうしたんだよ」
『すみません悠。ちょっと野暮用で』
ちょっと?野暮用?おいおい嘘だろう。あんな仕打ちを受けて、そんな軽口で済ませる女がどこにいるんだよ。
『御堂さん』
「…なんだ」
『私が、せっかく協力したんですから。いつものステージより、良いパフォーマンス期待していますよ』
開いた口が塞がらないとは、まさに今のことを言う。
「??トラ、協力って何のことだ?」
「…あいつ、信じられねぇ」
「同感ですね。一体、どんな神経をしているのでしょう」
本気で、壊すつもりだった。壊れれば良いと思った。追い込んで追い込んで、疲弊したところにつけ込んで、優しくしてドロドロに甘やかして。
そうすれば、女に限らず人は俺に落ちる。誰だって、どうしようもなくなった時に手を差し伸べてくれる人間に縋るものだ。
少なくとも、今まではそうだった。この顔とコネクションを使えば、容易く全部が俺色に染まった。
こいつを支えているのは、TRIGGERだ。それは分かっていた。利用しない手はないと思い、あの行動に出たのだ。
支柱を失い、成す術がなくなったエリは俺を選ぶ。そういう算段だった。
なのに…どうしてこいつの心は、折れないんだ。