第97章 諦める理由にはならねぇだろ?
楽の腕に縋る。
ごめんなさいとか、大丈夫だとか、口にすべきはそういう言葉なのに。私が必死で紡いだ言葉は、それとは全く異なるものだった。
『が、…く、はぁッ、げっほ!楽…』
「大丈夫だ、俺はここにい」
『りゅ…うには、ごほ!龍には、言わないで!』
「!!」
告げた瞬間、楽に抱き寄せられた。そして、咳き込む私の背中を優しく撫でる。
「…分かったから。龍の奴には、黙ってる」
『は…っ、げほ!…こほ』
「お前はいつだって、龍のことばっかりだな。自分がこんな、ボロボロになっても。いま目の前にいるのが、俺であっても」
『はぁ、…っは』
私を抱き締めていた楽は腕の力を緩め、今度は顔を覗き込んでくる。これだけ至近距離で見下ろされれば、さすがに彼の表情も窺えた。
どうして、彼は泣き出しそうな顔でこちらを見るのだろう。
楽の親指の腹が、ゆっくりと私の口元を滑る。唇を汚している色々な物を、綺麗に拭う。
「どうして俺は…そのことが、こんなに引っかかるんだろうな」
『……が、く?』
「…いや、今は俺の気持ちなんかどうでもいいんだ。
落ち着いたか?水、飲むだろ?」
『はい…。もう、大丈夫です』
私は楽から、タオルと水が入ったペットボトルを受け取った。
さっきまでは、まだ虎於の物を喉に入れているような感覚が残っていたのだが。今は咳も治(おさま)って、呼吸も整った。
冷たい水が身体を通っていくのが、気持ち良い。私は喉を鳴らして水を飲んだ。