第97章 諦める理由にはならねぇだろ?
虎於がこの場所を離れる。立ち尽くす楽に、未だ立ち上がれない私。
数秒の後、彼は無言で私の前から姿を消した。
正直、ありがたかった。どんな顔を向ければ良いのか分からなかったから。何も告げず立ち去ったのは、そんな私を慮っての楽なりの優しさなのだろう。
汚れた口元を拭いもせず、立ち上がることもせず、私は静かに目を閉じた。
少ししてから、ゆっくりと瞼を持ち上げる。しかし、視界は開けなかった。目を閉じていても、開けていても、そこは闇。
パニックに陥って気が動転。することはなかった。すぐに理解したからだ。スタジオ内の電気が全て落とされてしまったことを。
しばらくこのスタジオは使われないのだろう。それは、好都合だった。もう少しここで休んでいられる。とにかく椅子に座ろうと思い立ち、ようやく重い脚を動かした。
脚は動いたが、代わりに酷い立ちくらみが私を襲う。もう、バランスを保つことすら面倒だ。このまま地面に転がってしまえばいい。そう、思った。
私がそう諦めた身体が、何者かによって抱き留められる。
これは…楽だ。暗闇のせいで顔はほとんど見えないが、感覚で分かる。
私は、何度も彼にこうされたから。幾度と無く、彼の腕の中に収まったことがあるから。
「…水と、タオル持って来た。立てるか?」
そうだった。楽は、あの状態の私を放置出来るような男ではなかった。回りくどさなど微塵もない、筋の通った真面目体質。そんな彼の持つ優しさもまた、真っ直ぐでシンプルだ。
彼は、手探りで私を椅子に座らせると、すぐにスタジオ内の照明を点ける為にスイッチを探しに行こうとした。
私は、そんな彼の腕を掴む。
「どうした?」
ごめん。ごめんなさい。申し訳なかった。すみません。頭の中に浮かぶのは全て謝罪の言葉。どれでもいいから、一刻も早く外に出したい。そう思い、口を開いた その時だった。
『…っ、か…ッヒュ、っ!!げ、げほっ、ごほ!!』
「春人!」
自分の意思とは関係なく喉が閉まる。唾液や、喉壁にへばりついていた精液が器官へ入り込んだ。息が出来なくて、酸素が吸えなくて、喉が 焼けそうだ。