第97章 諦める理由にはならねぇだろ?
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虎於が私を誘ったのは、とある一画。そこは、スタジオ内にある簡易的な休憩スペースだ。扉どころか壁もなくて、ただ目隠しの為にパーテーションで仕切られているだけ。
彼に続いて そのスペースに入った私は、すぐさま男を咎める。
『あの。ここでの私は春人です。それ以外の名前では呼ばないでくださ』
私の言葉尻は、虎於の口腔内に消えた。驚く間も与えてもらえず、中に舌を捩じ込まれる。かと思ったら、もう私の舌を絡め取り自らの口中へと持っていく。信じられない技法である。
まさか、舌を噛み切るわけにはいかない。と、いうか、正直そんな余裕がない。巧みなテクニックに翻弄され、腰が砕けそうだった。
それでもなんとか、私は目を開いて確認する。
見やったのは、テーブルの上。飲み物や資料は、何も置かれていない。つまり、誰かがここを使用しているわけではないということだ。だが、いつ人が踏み入って来るともしれない場所でこんな行為に及ぶなど、どうかしている。
たっぷりと私の唇を犯した後、ようやく彼は息つく暇を与えてくれた。
荒く息を吐く私と、余裕の虎於の舌先同士が、透明な糸で繋がっている。
咄嗟に、熱くなった顔を下向けるが、彼はその顎を掴んで強引に視線を合わせて告げる。
「余所見か?随分と、余裕があるんだな」
『こ、こんな場所で…!どうか、してる』
「あぁ。そうだ。あんたの言う通り、どうにかなりそうなんだよ。ライブの前は、いつもこうだ。気分が高揚して昂ぶって、爆発しちまいそうになる。
今まではその興奮を抑えて来たがな。よく考えれば、簡単な解消方法があるじゃねぇか。なぁ?」
『……』
「アイドルに、最高のパフォーマンスをさせる。それだってあんたの立派な仕事だと思わないか?」