第97章 諦める理由にはならねぇだろ?
それなりに人通りのある、テレビ局の廊下。もれなく全員が、異様な2人の姿に面食らった顔をして振り返る。
しかし天のことしか頭にない悠は、意気揚々とリードを引いて歩いた。
『は、悠。貴方は、恥ずかしくないのですか?』
「何が?」
『何がって、だってこれじゃまるで…』
ドが付く変態。SMクラブ。風俗店のオプション。そういう類の言葉が頭いっぱいに浮かんだが、口にすることはで出来なかった。何故なら、悠があまりに純粋無垢な顔でこちらを見るから。
こんな単語が思い浮かぶ自分の方が、もしかしたら穢れているのではないか。そんなふうに感じてしまうのであった。
そんな中、前方から見知った顔がやって来る。思わず、来た道を戻ろうと試みたが、悠によってあえなく却下される。リードを握るご主人様に逆らう術はない。
「っヒ!?ア、アンタ、それ…何やって…」
見知った顔…姉鷺は、私達の姿を見るなり手にしていた資料を廊下にばら撒いた。
『ち、違うんです、姉鷺さん。これには深い訳が』
「そんな趣味があったなんて、知らなかったわ。サイテイ」
最低。姉鷺の、軽蔑したような視線が全身に突き刺さる。手早く資料を掻き集め、彼は足早に去ってしまった。
私は涙目で、ぁぅ…と呻きながら、遠ざかる背中に弱々しく右手を伸ばした。
「はは!あれ、TRIGGERのマネージャーだろ?びっくりしてたな!ますます九条がどんな顔するのか楽しみになってきた!ほら、行くぞ!」
私達に背を向けた姉鷺は、すぐに目頭にハンカチを当てがった。
「…っうぅ、あの子…苦労してるのね…!」
あの場で私を気遣う言葉をかけてしまえば、悠の機嫌を損ねてしまうかもしれない。あえて冷たい態度を取ったのは、それが私の本意でないと分かってくれている姉鷺の、優しさだったのだ…