第97章 諦める理由にはならねぇだろ?
鉛みたいになった足を、なんとか持ち上げ車内へと乗り込む。溜息なら、ここへ来るまでに吐き溜めをしておいた。それでもやっぱり口を突いて出そうになるそれを、ぐっと飲み込む。
それよりも今 最も大切なのは、虎於にこの事実を知られないことだ。
自分が一位の座に就いたと知った状態で楽に会えば、この男がどういう言動を取るのかは想像に容易い。
秘匿の決意を胸に、ハンドルを握る。
移動中の車内は、比較的静かだ。彼らは、あまり自分や相手のことを話さない。良くも悪くも、ドライなのである。
しかし、今日はいつもと様子が違った。
「トラ!すげぇなお前!1位だってよ!」
緩やかに移動していた箱が、ガクンと揺れる。
「お、おい!春人!?」
「なっ、なんか飛び出して来でもしたか!?」
『え、えぇ…その、猫が…』
勿論、猫など居ないし飛び出しもない。
私はバックミラーを調節して、悠の手元を映し出す。そこには予想した通り、inin があった。
『悠。それ、どうしたんですか?』
「これ?了さんがくれた」
心の中で、了ーー!と咆哮した。
4人は、また会話に興じる。
「八乙女楽の上ってのが、またすげぇよな。何気に巳波もいるし」
「ふ。世の中が、俺の魅力に気付いたってだけだろ」
「なぁ。これってさ、トラに抱かれたいと思ってる女が山ほどいるってことだよな…」
「そんなのは当たり前だろ?」
「世も末、ですね」
「おい巳波。それはどういう意味だ」
しばらく4人だけで騒いでいたのだが、不意にこちらへ声が飛んで来る。声の主は、虎於だ。
「あんたも、俺が1位に選ばれて嬉しいか?」
『驚きました!素晴らしいですね!まるで自分のことのように嬉しいですよ!』
私は、了に告げた台詞と全く同じ物を用意した。おそらく、彼にはこれが見え透いた嘘だというのはバレているだろう。しかし、満足気に微笑んだ。
「ふ、そうか。あんたのことも、抱いてやろうか?」
『…間に合ってます』
件(くだん)の称号を手にした男は、この台詞を言わなければ気が済まないのだろうか。
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