第96章 やることなすこと滅茶苦茶じゃん!
悠と共に、事務所へ帰る為に駐車場へと向かう。その間、二人の間に会話はない。それでなくても気不味いのに、さらに不味い事態が私を襲う。
廊下の先から、私にとって天敵とも言える男が歩いてくるのが見えたのだ。いち早く彼を発見した私は、慌てて悠の後ろ側に回る。
「うわ!な、なんだよ急に!おい押すなって!」
「…悠?」
「!!」
「やっぱりそうだ。久しぶりだね、悠。元気そうで、何よりだよ」
数年ぶりに耳にした、九条 鷹匡の声。相変わらず底が冷えた、耳にこびりつく声である。そしてそんな声で、彼は悠を呼んだ。
二人は、知り合いなのだろうか。何にせよ、九条の目が私から逸れるのは大歓迎だ。どうかこのまま、こちらに気付かず立ち去って欲しい。
「九条…っ」
「デビューおめでとう。あのライブは、僕も家で見ていたよ。頑張っているね」
「思ってもないこと、ベラベラうっせぇんだよ!」
突如として声を荒げた悠に、すぐ後ろにいた私は面食らう。しかし、九条は特に驚いた様子は見せない。こういう一面が悠にあることを、よく知っているかのようだ。
「またそうやって、すぐに大きな声を出す。やっぱり何も変わっていないね。だから君は、駄目なんだよ」
「…な、んで…また、お前はオレをそんなふうに言うんだよ!オレは、アンタのところに居たときから、頑張って…!
一生懸命、頑張ってだろ!!」
“ 一生懸命、頑張ってだろ ”
悠の叫びが、胸に突き刺さる。まるで親に捨てられた子供が、泣き叫びたいのを懸命に堪えて、どうして?なんで?と訴えているみたいだ。
「悠。残念だけど、一生懸命に励むだけじゃのし上がれないのがこの世界だ。分かるだろう?君は どれだけ頑張ったとしても、頂には」
『お言葉ですが。それを決めるのは、貴方ではないと、思いましゅ』
「……」
(ましゅ?)
「……」
(え?ましゅって言った?)
私は自分が噛んだことにすら気付かないほど、全身がカチカチで頭が真っ白になっていた。