第95章 《閑話》とあるトップアイドルの息抜き?
顔のすぐ横に腕を立てられれば、百の匂いが ぐっと近くなる。呆気にとられている場合ではない。何か言葉を口に出さないと。
『えーっと。百?今って、何をしてるのかな?』
「あれ?分かんないかな。本気で口説いてるんだけど」
『いやいや、私がこの格好のとき口説いちゃ駄目でしょ!周りから見たら立派な男同士カップルだよ!?』
「大丈夫。見られたら見られた時だよ。オレ、言い訳は病的に上手いから任せといて」
『な、何という行き当たりばったりな』
言葉を紡いでいる最中、顎先が優しく すくわれる。
「ねぇ。今からオレと、抜け出しちゃおっか」
『あ…分かった』
「えっ!?ほ、ほんとに良いの!?言ってみるもんだねスーパーラッキー!驚いちゃっ」
『合コンごっこの続きだ!』
百の目が、点になる。固まっているその隙に、私は彼の緩い捕縛から逃れた。
『こめんね、まだ付き合っていたいのは山々なんだけど、私の膀胱が破裂寸前で。じゃ行ってきまーす』
そう告げてから駆けるように、女性用トイレへと向かうのだった。
「うぅ。また逃げられちゃったかぁ。いつもあの調子で、のらりくらり躱されちゃうんだもんな…はぁ」
(うかうかしてたら、エリちゃんに彼氏が出来ちゃう!身近にいるのが、バンさんやユキみたいなイケメンばっかなんだから…)
百の胸中などいざ知らず、焦った自分の顔が映る鏡を見つめた。
『あぁ、びっくりした』
でもそうか、と一人思い耽る。
百と千は、私が龍之介と付き合い始めたことを知らないのだ。あの手のアプローチが本気か冗談かはさて置いて、恋人が出来たことは、折を見て打ち明けるべきだろう。